万葉歌碑

万葉歌碑

山上憶良の日本挽歌をはじめ、園内に16基の歌碑を設置しました。
「遠の朝廷」と称され、万葉集に多く詠まれるこの太宰府を歌碑を通じて感じる事が出来ます。

大宰府の丘展望台

大宰師に任命された大伴旅人と共に筑紫にやって来た妻「大伴郎女」は旅の疲れも取れていない神亀5年の初夏、急逝しました。
旅人の悲しみの歌「凶問報歌」に続き、山上憶良が旅人に成り代わり詠んだ歌、それが「日本挽歌」です。

世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり

世の中は空しきものと知る時し
いよよますます悲しかりけり

万葉集巻五・七九三 大宰師大伴卿
世の中は空しいものだと知った時、いよいよますます悲しみが深まってくる。
家に行きて如何にか吾がせむ枕づく妻屋さぶしく思ほゆべしも

家に行きて如何にか吾がせむ
枕づく妻屋さぶしく思ほゆべしも

万葉集巻五・七九五 山上憶良
家に帰って、私はどうしたらよいのだろう。(枕づく)寝室が寂しく思われるに違いない。
愛しきよしかくのみからに慕ひ来し妹が心のすべもすべなさ

愛しきよしかくのみからに慕ひ
来し妹が心のすべもすべなさ

万葉集巻五・七九六 山上憶良
ああ、いとしいことよ。こんなにはかない命だったのに、私を慕ってやって来た妻の心が、どうしようもなく哀れなことよ。
大君の遠の朝廷としらぬひ筑紫の国に泣く子なす慕ひ来まして息をだにいまだ休めず年月もいまだあらねば心ゆも思いは間にうちなびき臥やしぬれ言はむ術せむ術知らに石本をも問ひ放け知らず家ならばかたちはあらむを恨しき妹の命の我をばもいかにせよとかにほ鳥の二人並び居語らひし心そむきて家離りいます

大君の遠の朝廷としらぬひ筑紫の国に泣く子なす慕ひ来まして息をだにいまだ休めず年月もいまだあらねば心ゆも思いは間にうちなびき臥やしぬれ言はむ術せむ術知らに石本をも問ひ放け知らず家ならばかたちはあらむを恨しき妹の命の我をばもいかにせよとかにほ鳥の二人並び居語らひし心そむきて家離りいます

万葉集巻五・七九四 山上憶良
大君の遠い政庁として、(しらぬひ)筑紫の国に、泣く子のように慕ってやって来られて、一息入れて休む間もまだなく、年月もまだ経っていないのに、死ぬなどとは夢にも思わない間に、ぐったりと臥してしまわれたので、言うすべもなすすべも分らず、岩や木に向かって尋ねることもできない。家にいたら無事だったろうに、恨めしい妻は、この私にどうせよと言うのか、にお鳥のように二人並んで座って語りあった偕老同穴の約束にそむいて、家を離れて行ってしまわれた。
久夜斯可母可久斯良摩世婆阿乎尓与斯久奴知許等其等美世摩斯母乃乎

久夜斯可母可久斯良摩世婆阿乎尓与斯久奴知許等其等美世摩斯母乃乎

万葉集巻五・七九七 山上憶良
悔しいことよ。こんなことになると知っていたら、(あをによし)国中をすべて見せてやるのだったのに。
妹が見し楝の花は散りぬべし吾が泣く涙いまだ干なくに

妹が見し楝の花は散りぬべし吾が
泣く涙いまだ干なくに

万葉集巻五・七九八 山上憶良
妻が見た楝の花は、散ってしまうであろう。私の泣く涙はまだ乾かないのに。
大野山霧立ち渡る我が嘆く息嘯の風に霧立ちわたる

大野山霧立ち渡る我が嘆く
息嘯の風に霧立ちわたる

万葉集巻五・七九九 山上憶良
大野山に霧が一面に立ちこめている。私が嘆く嘆きの息の風で霧が立ちこめている。

メモリアル渓流

万葉集に詠まれた植物は数多くあります。
現代において親しみを持たれている植物が詠まれた歌から選別し、歌碑を設置致しました。

わすれ草わが紐に付く香久山のふりにし里を忘れむがため

わすれ草わが紐に付く
香久山のふりにし里を忘れむがため

万葉集巻三・三三四 大宰師大伴卿
忘れ草を私は腰紐につけています。香久山の見える故郷を忘れるために。
秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花

秋の野に咲きたる花を
指折りかき数ふれば七種の花

万葉集巻八・一五三七 山上憶良
秋の野に咲いている花々を指折り数えてみると七種の花がある。
萩の花尾花葛花撫子の花女郎花また藤袴朝顔の花

萩の花尾花葛花撫子の花
女郎花また藤袴朝顔の花

万葉集巻八・一五三八 山上憶良
秋の七草は萩、ススキ、葛、撫子、おみなえし、藤袴、朝顔。
春の野にすみれ摘みにと来しわれぞ野をなつかしみ一夜寝にける

春の野にすみれ摘みにと来しわれぞ
野をなつかしみ一夜寝にける

万葉集巻八・一四二四 山部赤人
春の野にすみれを摘みに来たけれど、野に心を惹かれて一晩寝てしまったよ。
路の辺の壱師の花のいちしろく人皆知りぬわが恋妻は

路の辺の壱師の花のいちしろく
人皆知りぬわが恋妻は

万葉集巻十一・二四八〇 柿本人麿呂
道端に咲いている彼岸花のように私の恋しい妻のことを皆に知られてしまった。

御食事処「圓通閣」

万葉集の中で最も華やかな「梅花の宴」が天平二年正月十三日、大宰師大伴旅人邸で盛大に催されました。
九州管内諸国の官人三十二名は中国渡来の梅を題材に歌を詠んでいます。その宴での歌が「梅花の宴」です。

春去ればまづ咲く宿の梅の花ひとり見つつや春日暮らさむ

春去ればまづ咲く宿の梅の花
ひとり見つつや春日暮らさむ

万葉集巻五・八一八 筑前守山上大夫
真っ先に咲くこの家の庭の梅の花を、ただひとりで見ながら春の長い日を暮らすことであろうか。
我が園に梅の花散る久方の天より雪の流れ来るかも

我が園に梅の花散る
久方の天より雪の流れ来るかも

万葉集巻五・八二二 大宰師大伴卿
わが家の庭に梅の花が散っている。天から雪が流れて来るのであろうか。
梅の花散らくはいづくしかすがにこの城の山に雪は降りつつ

梅の花散らくはいづく
しかすがにこの城の山に雪は降りつつ

万葉集巻五・八二三 大監伴氏百代
梅の花が散っているのはどこだろう。しかしながら、ここの大野山には雪が降り続いている。
春の野に霧立ちわたり降る雪と人の見るまで梅の花散る

春の野に霧立ちわたり
降る雪と人の見るまで梅の花散る

万葉集巻五・八三九 筑前目田氏真上
春の野に霧が立ちこめている。まるで、雪が降っているのかと見違えるほど梅の花が散っている。