凶問に報ふる歌(巻五 七九三) 大伴旅人
世の中は空しきものと知る時し いよよますます悲しかりけり
(大意)世の中はむなしいものだと知るときに、いよいよますます悲しいことです
日本挽歌一首(巻五 七九四) 山上憶良
大君の遠の朝廷と しらぬひ 筑紫の国に 泣く子なす 慕ひ来まして
息だにも いまだ休めず 年月も いまだあらねば 心ゆも 思はぬ間に
うちなびき 臥やしぬれ 言はむすべ せむすべ知らに 石木をも 問ひ放け知らず
家ならば かたちはあらむを 恨めしき 妹の命の 我をばも いかにせよとか
にほ鳥の 二人並び居 語らひし 心そむきて 家離りいます
(大意)天皇の遠い政庁として筑紫の国に泣く子の様に慕って来られて、一息も付く間もなく年月もまだ経たぬ内にぐ
ったりと臥してしまわれたので、言うべきも、するべきも、わからず石や木に尋ねることもできない。家に居たら無
事だっただろうに恨めしい。妻が、この私にどうしろというのか。二人並んで夫婦の語らいをした、その心をも無かったことにして、家を離れて行かれた。
長歌に添える反歌
家に行きて如何にか吾がせむ 枕づく妻屋さぶしく思ほゆべしも
(大意)奈良の家に帰って、どうすればよいのであろう。妻屋が寂しく思える事だろう
(原文)伊弊尓由伎弖 伊可尓可阿我世武 摩久良豆久 都摩夜佐夫斯久 於母保由倍斯母
愛しきよしかくのみからに 慕ひ來し妹が心の術もすべなさ
(大意)かわいそうに こんなに短い命なのに、慕ってやってきてくれた 妻の心のあわれなことよ
(原文)伴之伎与之 加久乃未可良尓 之多比己之 伊毛我己許呂乃 須別毛須別那左
悔しかもかく知らませば あをによし国内ことごと見せましものを
(大意)残念だ こうなるとしっていたならば筑紫の国を隈なくみせておけばよかった
(原文)久夜斯可母 可久斯良摩世婆 阿乎尓与斯 久奴知許等其等 美世摩斯母乃乎
妹がみし楝の花は散りぬべし わが泣く涙いまだ干なくに
(大意)妻が見た栴檀の花は散ってしまいそうだ。わたしの泣く涙は、まだ涸れていないのに
(原文)伊毛何美斯 阿布知乃波那波 知利奴倍斯 和何那久那美多 伊摩陁飛那久尓
大野山霧立渡る わが嘆く息嘯の風に霧立わたる
(大意)大野山に霧が立ち渡っている。私の嘆く溜息で、霧が立ち渡っている
(原文)大野山 紀利多知和多流 和何那宜久 於伎蘇乃可是尓 紀利多知和多流